◆ 2025年4月4日(金) 今日のみことばから ◆ |
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〔そのとき、〕 イエスはガリラヤを巡っておられた。ユダヤ人が殺そうとねらっていたので、ユダヤを巡ろうとは思われなかった。ときに、ユダヤ人の仮庵祭が近づいていた。
兄弟たちが祭りに上って行ったとき、イエス御自身も、人目を避け、隠れるようにして上って行かれた。
さて、エルサレムの人々の中には次のように言う者たちがいた。「これは、人々が殺そうとねらっている者ではないか。あんなに公然と話しているのに、何も言われない。議員たちは、この人がメシアだということを、本当に認めたのではなかろうか。しかし、わたしたちは、この人がどこの出身かを知っている。メシアが来られるときは、どこから来られるのか、だれも知らないはずだ。」すると、神殿の境内で教えていたイエスは、大声で言われた。「あなたたちはわたしのことを知っており、また、どこの出身かも知っている。わたしは自分勝手に来たのではない。わたしをお遣わしになった方は真実であるが、あなたたちはその方を知らない。わたしはその方を知っている。わたしはその方のもとから来た者であり、その方がわたしをお遣わしになったのである。」人々はイエスを捕らえようとしたが、手をかける者はいなかった。イエスの時はまだ来ていなかったからである。 |
(ヨハネ7章1-2、10、25-30節) |
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◆ パウロ朴神父の「月報4月号」巻頭言 ◆ |
自分を捨て、自分の十字架を背負って、主イエスに従うこと
主任司祭 パウロ朴起徳神父 |
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「わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。」(マルコ8・34) イエス様がご自分の後に従いたい人に提示した2つの条件である、「自分を捨てること」と「十字架を背負うこと」は、とても難しいことです。
続きはこちら・・・
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◆ 四 旬 節 の こ こ ろ み に つ い て ◆ |
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昨年末に迎えた聖年のなかで今年の四旬節には、聖週間までの毎週、主日ミサの説教を通して、小さな黙想会のような時間を持ちたいと思います。
毎週のテーマは次の予定です。 |
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第1主日 |
3月 9日 |
「荒れ野とは何か」について |
第2主日 |
3月16日 |
「聖なる恐れ」について |
第3主日 |
3月23日 |
「悔い改め」について |
第4主日 |
3月30日 |
「神のいつくしみ」について、 |
第5主日 |
4月 6日 |
「赦しをもって新しさへと導く神」について |
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最後に、聖週間が始まる「枝の主日」(4月13日)のミサ後には、ヴァイオリン、ヴィオラ、そしてチェロによって奏でられる美しいコンサートが開かれる予定です。
その後、清く落ち着いた心をもって、ともにロザリオの祈りを捧げながら、同時に赦しの秘跡も行われる予定です。
どうか、恵み豊かな四旬節になりますように。 |
主任司祭 パウロ朴起徳神父 |
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◆ 更 新 情 報 ◆ |
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・2025/03/31 「年間行事予定(2025年4月~2026年4月)」を掲載しました。 |
・2025/03/31 4月の月間予定、「月報4月号巻頭言」を掲載しました。 |
・2025/03/29 今週の予定とお知らせ(3/30-4/6)を掲載しました。 |
・2025/03/15 今週の予定とお知らせ(3/16-3/23)を掲載しました。 |
・2025/03/09 トップページに「四旬節のこころみについて」を掲載しました。 |
・2025/03/09 「事務所からのご案内」の「聖堂の見学について」を更新しました。 |
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